Mag-log inリヒテンシュタイン帝国の皇族・貴族子女は十五歳から十八歳の四年間、必ず帝都にある貴族学院に通わなければならない。
それは教養の他、交友関係を広げることや婚約者探しという理由もあるが、最も重要なのは『魔法』をきちんと身に付けさせる為だ。『学びの為の貴賤は問わず』という学院理念により、割合は少ないが一部魔力がある者や優秀な平民も特待生として通っている。
現在三年生の俺も例外なく通っており、学院では幼い頃から側近候補として交流がある第一皇子のレイルが会長を務める生徒会の、二人いる副会長の一人として活動している。生徒会長であるレイル・オブ・リヒテンシュタイン第一皇子。
同じく副会長であるカスティエール公爵家嫡男のダリウス・フォン・カスティエール。
そして、会計のモンタギュー商会長嫡男のアーサン・モンタギュー。
書記は令嬢の為、学院内では大体はこの三人と行動することが多い。「きゃっ!」
昼食を食べる為に、いつもの四人で食堂《ダイニング・ホール》へ移動している時だった。
その声の方へ視線を向けると、廊下のど真ん中で一人の令嬢が座り込んでいるのが見えた。そして……その令嬢の前に立っているのは生徒会書記であるマルガレーテ・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢────共に副会長を務めているダリウスの婚約者でもあり、俺とレイルも幼い頃から交流がある。
レイルと顔を見合わせ、いざという時の仲裁に入れるように彼女たちの傍まで移動した。栗色の少しウェーブがかった長い髪────ブライトン伯爵令嬢であるアメリア嬢だと、後ろ姿だけですぐに分かった。
(はぁ、またか……)
ブライトン伯爵令嬢とマルガレーテ嬢はここ数ヵ月の間、このようなトラブルが絶えない。
「す、すみません……」
「アメリア・フォン・ブライトン伯爵令嬢……一体、何に対して謝罪されていらっしゃるのかしら?」マルガレーテ嬢はそう告げると、目を細め扇子を開き口元を隠した。
その様子にブライトン伯爵令嬢はビクッと肩を震わせ、体を小さく縮こまらせてしまった。ピンクブラウンの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
この庇護欲を唆る雰囲気に、周囲には眉尻を下げて同情する者も少なくなさそうだ。マルガレーテ嬢の綺麗に巻かれた鮮やかな赤い色の髪や、釣り目気味な金色の瞳がキツく見えやすいうえ、令嬢にしては少し身長も高い。
更に彼女は公爵令嬢としてのプライドも高く、他者に威圧感を与えやすいのだ。
それ故、誤解されやすいタイプでもある。 だが長い付き合いの俺には分かる。マルガレーテ嬢は怒っているわけではなく、ただ純粋に彼女の言動が貴族として理解出来ないのだ。
「わ、わざとじゃないんです……。 少し急いでいたのですが……その、マルガレーテ様の足に引っかかってしまって……」
「それはわたくしが、わざとあなたを転ばせた……と仰りたいのかしら?」『不快である』と言わんばかりに、マルガレーテ嬢は射抜くような視線を彼女へ向けた。
周囲からはひそひそと囁き声が漏れ始め、明らかにマルガレーテ嬢を『悪者』として見なす空気が漂い始めていた。(まずいな……)
このままでは収拾が付かなくなる。
そう思った矢先────。
「マルガレーテ! そこまでだ!」
先ほどまで隣にいたはずのダリウスが、突然大声を上げたかと思えば、いつの間にかブライトン伯爵令嬢の傍へ駆け寄っていた。
「ダリウス様……」
彼女のうるうるとしたピンクブラウンの瞳を見た瞬間、ダリウスは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、マルガレーテ嬢を睨みつけた。
「……こんな大勢の人の前で一人の令嬢を貶めるなど、高位貴族として恥ずかしくないのか? わざとではないと謝罪をしているのだから受け取ればいいだけの話だ。 それに、転んだ人に手も貸さないなど……」
「ご機嫌よう、ダリウス様。 いつからご覧になっていたのか存じませんが、わたくしは別に怒っているわけじゃございませんのよ?」マルガレーテ嬢はダリウスが間に入って来たのを見て、扇子をパチンと音を鳴らしながら閉じると、貴族令嬢らしくカーテシーを披露した後で淡々と話し始めた。
「そもそも、友人たちと歩いておりましたら、彼女がいきなり後ろから走ってきて目の前で転ばれたんですもの……何事かと驚きましたわ。……かと思えば、いきなり涙目で謝罪をされましたので『一体、何に対して謝罪されていらっしゃるのか?』とお聞きしただけですわ。 わたくしのどこかに非がございまして?」
……言い返す言葉もないだろうに、それでもダリウスは瞳に怒りを滲ませたまま、マルガレーテ嬢を更に睨み付けている。
その瞬間────パン!と大きく手を叩く音がすると同時に、すべての視線が俺の隣に注がれた。「とりあえず、ここまでにしようか? 貴重な昼休みの時間が減って昼食が食べられなくなってしまうし、いつまでも廊下を塞ぐわけにはいかないからね」
レイルがにこにこと人当たりのいい笑みを浮かべ、その場にいた生徒たちやマルガレーテ嬢たちを解散させる。
そして足を痛めたというブライトン伯爵令嬢を、ダリウスが保健室まで付き添うことで何とか場を収めることが出来た。(……ダリウスの奴、何を考えているんだ?)
婚約者であるマルガレーテ嬢を差し置いて、ブライトン伯爵令嬢に肩入れし続ければどうなるか…………考えたくもない。
「……何だか、嫌な予感がするなあ……」
(はぁ、まったくだ……)レイルがボソッと小さく呟くのが聞こえ、改めて食堂へ移動を始めた。
その後に続こうとした時────何かが引っかかった。
勢い良く振り返り廊下内を隅々まで見回すが、特に異変はない……。(気の、せいか……)
だが、ごく最近、同じような感覚を覚えたことがある……そのせいで過敏になっているだけだろうか?
「セドリック? どうしたんだい?」
俺が着いて来ていないことに気付いたレイルたちの声に返事をすると、その場を後にした。
アメリア・フォン・ブライトン伯爵令嬢────それが、今の私の名前。私のお父様はブライトン伯爵家の婿で、ある日お忍びで来ていた下町の酒場で平民のお母様と出会った。お母様に一目惚れしたお父様は『奥様』の目を盗んで度々会いに来て、そして二人は愛し合って私が生まれたの。お母様は『愛人』だったけれど、三年ほど前に正妻でブライトン女伯爵だった『奥様』が病で亡くなったことで私たちの運命が変わったわ。この国では女でも爵位を継承することが出来るけれど、家門の血筋の者以外が継ぐことは『お家乗っ取り』に当たる。だから婿入りしたお父様がブライトン伯爵位を継承することは許されない……。お父様と『奥様』との間には子どもがいなくて、数年前に分家筋から私より二つ年上のお義兄様を次期当主として養子に迎えていたの。『奥様』の血筋じゃないから女伯爵にはなれなくても、私の容姿なら『高位貴族へ嫁げるかもしれない!』と考えたお父様はお母様と再婚した。当然分家の親類たちは反対したみたいだけれど、それを押し切って私たちは『後妻』と『伯爵令嬢』になれた!これまでもお父様の援助で普通の平民よりは良い生活をしていたし、それなりに教育も受けていたわ。けれども本格的に貴族として生きていくには、まだまだ足りないと言われてしまった。リヒテンシュタイン帝国の貴族子女は十五歳から貴族学院へ入学しないといけない、と義務付けられてるそう。その為に貴族としての最低限の礼儀作法や教養を身に付けさせられ、特例で一年遅く『途中入学』することが出来たわ。平民の時には必要のなかった礼儀作法や、教養の勉強は厳しくて大変だったけれど、今まで身に纏うことも出来なかったドレスや宝飾類、そして華やかな貴族としての生活に胸が高鳴った。無事に入学すると二年生のAクラスだった。Aクラスは基本的には、それなりに学力が高くて伯爵家以上の人が多い。せっかく平民から貴族となったのだから、どうせなら素敵な人たちに囲まれたい……そんな思いで真面目に勉強を続けたわ。その甲斐あって、三年生になったときには最高ランクのSクラスに入ることが出来たの!Sクラスには今まで遠くから眺めるだけだった高位貴族の人たちがたくさんいて、最初はとても緊張したわ。成績は悪くなかった反面、礼儀作法は付け焼き刃で下位貴族と変わらないような状態だったけれど、気軽に話
──────貴族学院。リヒテンシュタイン帝国の皇族・貴族子女は十五歳から十八歳の四年間、必ず帝都にある貴族学院に通わなければならない。それは教養の他、交友関係を広げることや婚約者探しという理由もあるが、最も重要なのは『魔法』をきちんと身に付けさせる為だ。『学びの為の貴賤は問わず』という学院理念により、割合は少ないが一部魔力がある者や優秀な平民も特待生として通っている。現在三年生の俺も例外なく通っており、学院では幼い頃から側近候補として交流がある第一皇子のレイルが会長を務める生徒会の、二人いる副会長の一人として活動している。生徒会長であるレイル・オブ・リヒテンシュタイン第一皇子。同じく副会長であるカスティエール公爵家嫡男のダリウス・フォン・カスティエール。そして、会計のモンタギュー商会長嫡男のアーサン・モンタギュー。書記は令嬢の為、学院内では大体はこの三人と行動することが多い。「きゃっ!」昼食を食べる為に、いつもの四人で食堂《ダイニング・ホール》へ移動している時だった。その声の方へ視線を向けると、廊下のど真ん中で一人の令嬢が座り込んでいるのが見えた。そして……その令嬢の前に立っているのは生徒会書記であるマルガレーテ・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢────共に副会長を務めているダリウスの婚約者でもあり、俺とレイルも幼い頃から交流がある。レイルと顔を見合わせ、いざという時の仲裁に入れるように彼女たちの傍まで移動した。栗色の少しウェーブがかった長い髪────ブライトン伯爵令嬢であるアメリア嬢だと、後ろ姿だけですぐに分かった。(はぁ、またか……)ブライトン伯爵令嬢とマルガレーテ嬢はここ数ヵ月の間、このようなトラブルが絶えない。「す、すみません……」「アメリア・フォン・ブライトン伯爵令嬢……一体、何に対して謝罪されていらっしゃるのかしら?」マルガレーテ嬢はそう告げると、目を細め扇子を開き口元を隠した。その様子にブライトン伯爵令嬢はビクッと肩を震わせ、体を小さく縮こまらせてしまった。ピンクブラウンの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。この庇護欲を唆る雰囲気に、周囲には眉尻を下げて同情する者も少なくなさそうだ。マルガレーテ嬢の綺麗に巻かれた鮮やかな赤い色の髪や、釣り目気味な金色の瞳がキツく見えやすいうえ、令嬢にしては少し身長も高い。更に彼
————リヒテンシュタイン帝国。帝国始まって以来の賢帝であられると評判の現皇帝陛下の元、今年も社交期間《シーズン》が始まった。 社交期間に入った貴族たちの夜は長い。 普段は領地にいる者たちも帝都にある帝都邸《タウンハウス》へと移動し、男たちは紳士倶楽部や会談、女たちもお茶会や刺繍の集まりなど皆一様に社交に精を出す。それは家門の為だったり、自らの見栄や他者への牽制の為だったりと、この数ヵ月の間に人間関係がガラリと変わることも珍しくないのだ。そして今夜、俺————セドリック・フォン・ドラッケンベルクも、とある伯爵邸で開かれた夜会に駆り出された。 綺羅びやかなホール内には、自らを飾り立てた紳士淑女が至るところで輪を作っている。俺はシャンパンを一口呷り、誰にも気付かれないようにそっと息を吐く。————ドラッケンベルク侯爵家の嫡男。父は帝国————ひいては皇帝陛下に忠誠を捧げる騎士たちを率いる騎士団総長だ。俺自身も騎士を目指して研鑽を積んでいるが、十七歳となった今も婚約者の席は空席のまま。 そんな俺は未婚の貴族令嬢たちにとっては、格好の獲物らしい。だからこそ、こういった夜会に顔を出す度に次期侯爵夫人の座を狙う令嬢や、その親たちが群がってくるのがいつものパターンとなっている。 父親譲りのシルバーブロンドの髪とダークグレーの瞳、高位貴族らしい顔立ちのせいで、幼い頃から令嬢たちに付き纏われていた。成長するにつれて体つきも騎士らしくなってからは、未亡人や既婚の夫人までこっそりとお誘いを掛けて来ることが増えた。 どんなに冷たくあしらっても、まるで地面に落としたキャンディーに群がる蟻のごとく懲りずに寄って来る。正直……いや、かなりうんざりしている。 最近ではその氷のように冷徹な対応ぶりと、その髪色から連想したのか『銀氷の騎士』などと呼ばれているらしい。(……何だ、その恥ずかしい二つ名は)扇子の影で頬を染めながら囁く令嬢たちを視界の端に捉えた瞬間、急激な疲労感が押し寄せてきた。 気分転換にと、フラッと会場を抜け出して庭園へ向かう。夜風に頬を撫でられ、喧騒から離れただけで少しだけ息がしやすくなった気がした。 特に当てもなくフラフラと歩いていると、酔い覚ましの為か逢引の為か……ポツポツと人の気配がする。それを避けるように更に歩みを進めると、明らか







